海外「武士道、これこそニッポンの心!」 緊急事態も動じない日本に、世界中が拍手喝采



日本の“道”に世界が大注目

外国人からも人気が高い“武士”、そしてその生き様を示した“武士道”。外国人のみならず私たち日本人も武士及び武士道に対する誇り、憧れはとても強い。

昨今の緊急事態下にこそ、あらためて“武士道”が世界から注目を集めている。しかし誤解も多いのがこの“武士道”だ。一体海外ではどのように話題になっているのだろうか?(ドイツ)

海外の声:世界中パニック状態だが、日本は落ち着いている。感染者が爆発的に増えていてもおかしくない地理的条件なのに、よく耐えている。うちの国は、別の意味で「落ち着いて」しまったよ。(イタリア)

海外の声:日本人は民度が高いからな。正倉院の宝は、入り口に貼られた札だけで盗難を免れてきたくらい誠実な民族だ。貧しさのなかに高貴な精神を宿そうとする「武士道」のおかげだと思う。(アメリカ)

海外の声:おいおい、正倉院は何度も盗難にあってるよ。それに武士道は、近代になってできた概念で実体を伴わないというのが通説。騎士道と似ているかも。(アメリカ)

海外の声:野蛮な武装集団を道徳的に手なずけるためにキリスト教的道徳観を押し付けたのが騎士道。武士道が生まれたのは、戦乱の世が終わった江戸時代になってかららしいから似ているかもね。(イギリス)

海外の声:細かいことは良いの!武士道はニッポンの心!(フランス)



武士道の誕生

武士道といえば、「死ぬことと見つけたり」や「武士は食わねど高楊枝」など犠牲や忍耐を象徴両武士道といえば、「死ぬことと見つけたり」や「武士は食わねど高楊枝」など犠牲や忍耐を象徴する言葉とセットになって語られることが多い。

こういったイメージは武士の生き方について書かれた『葉隠』や新渡戸稲造著の『武士道』によるところが大きいと思われるが、『葉隠』はもともと九州のいち藩である佐賀藩に伝わる秘伝言であり、『武士道』はキリスト教徒でもあった新渡戸稲造が、武士の生き方をキリスト教や騎士道と比較しながら害いたもので、武士の生き方一般とは違うという意見も多くある。

特に『武士道』の場合は、新渡戸がアメリカ留学中に英語で執筆したもので、日清戦争の勝利によって日本及び日本人への関心が高まる外国人に向けて、日本人の生き方とはこういうものである、とわかりやすく解説するためにキリスト教や騎士の話と関連づけて書いたもの。それもあって新渡戸版『武士道』が武士の生き方一般と若干乖離するのは当然といえば当然だったのだ。それでは、武士一般が考える武士道とはどういうものであったのだろうか?

これを語る前に、まず考えなければいけないのは武士道という言葉そのものだ。

そもそも武士道は新渡戸の造語といってもいいもので、いわゆる”武士道”的武士の生き方が完成した江戸中期、後期にはなかったものだといわれている。武士道という言葉がなければ、当然、その概念もなかったはず。つまり、新渡戸版『武士道』で害かれているような、桜の花にも似た散り際の美学のようなものを当時の武士たちははっきり認識していたわけではなかった、ということだ。



江戸時代の武士たちの実態

そもそも江戸時代の武士たちはそのほとんどが城勤めなどの事務仕事が日課となっており、「死ぬことと見つけたり」と思って暮らしている者たちが本当にいたのかどうかかなり怪しいところがある。また、そういった状況であったから、日々武術の鍛錬をしている武士もそれほど多くはなかった。ほとんどの武士たちは藩のため、あるいは自ら所属する部署のために粛々と実務をこなしていたのが実態だった。

では、武士道的な武士の生き方は新渡戸の創作であり、皆、サラリーマンのように給料をもらって生活していただけなのか、といえばそれもまた正確ではない。サラリーマン的な生き方をしていた彼らもやはり武士の生き方をしていたのである。

サラリーマン武士のどこが武士的生き方なのかといえば、それは権力を持っていたことに起因する。城勤めの彼らは法律を定め、行政を動かしていたのだから、いまでいえば政治家や官僚と同等、あるいはそれ以上の権力を持っていたことは間違いない。役を持っていなかった下級武士たちにしても、腰に刀を差して歩くことが許されていた。これも大きな権力だ。ご存知のように、刀は触れただけで手、足が落ちるほど鋭利な武器。これを四六時中所持することを許されている武士たちは、武士というだけで、なにも持たない庶民に比べて、圧倒的に優位な立場を維持することができていた。

つまり、武士と名のつく人々は家老などの上級職から、それこそ浪人にいたるまで、庶民とはまったく違う、巨大な権力や権限、物理的な力を持っていたことを意味する。この強大な力こそが彼らの武士的生き方の根源となっていた。

持つ者はそれに伴った生き方を迫られるということだ。フランス風にいえば、ノブレス・オブリージュ。社会的地位には義務も発生する、というもので、江戸時代の武士たちも権力と武力を持っているがゆえに、自らを律することをしていたのである。



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