「愛子天皇はダメ」の理由は、カトリックに女教皇がいないのと同じ? 海外で議論に



文/佐々木康子

愛子天皇は認められずか

現行の皇室典範では男系男子にしか皇位継承権が認められていない。だが国民世論の大半(なんと8割近く)は女性天皇の誕生に、端的に言えば愛子さまが即位することを友好的だ。男性皇族が極端に減っている以上、愛子さまら女性にも皇位継承権を広げることは当然のように思われる。

だが安倍政権は、皇位継承問題の安定を目指しながらも、これを断固として認めず、本格的議論を棚上げする見込みだ。代案として戦後離脱した旧宮家の復帰を検討しているという。

歴史を振り返ると持統天皇(在位690-697)など女性天皇が活躍していた事実をもってしても、女性天皇を禁じる現在の皇室典範は「伝統」にも「民意」にも反するものだ。

にもかかわらず国内の保守派は、女性天皇を認めることを頑なに否定している。多くの国民からすれば、女性天皇の拒絶は単なる「女性蔑視」でしかないのだが、保守派の一部から言わせれば「ローマ教皇だって男性しかなれないから、男しか天皇に慣れなくても問題ない!」のだという。

天皇と教皇は「男しかなれない」ことが海外で話題になっている。



海外の声

海外の声:さっきニュース読んだけど、安倍政権は、皇女・愛子さまにどうにか即位させないために、すっごい遠い親戚の男系男子を連れてくるらしいぞ。(アメリカ)

海外の声:なんで?愛子さまは今の天皇陛下の皇女だから男系でしょ?日本の皇室の場合、皇位継承権は男系の男子だけに限られるの?(イギリス)

海外の声:そうみたいだね。いまだに日本はサリカ法(男系の長子優先)が生きているようだ。(ドイツ)

海外の声:いや日本にはかつて女性天皇が存在していた。日本がサリカ法を採用したのは200年くらい前から。もっとも、日本の国内世論のほとんどは愛子さまの即位を望んでいるようだけど。(イギリス)

海外の声:曲がりなりにも日本の皇室は2000年以上も男系によって継承されてきたし、男子だけの継承が200年も続いていれば、今さら変えにくいでしょ。ローマ教皇だって男性にしかならないし、それと同じでしょ。そもそもこういう神聖な地位に、男女平等などという近代的価値観を持ち込むべきじゃない。(アメリカ)

海外の声:いやいや、それはあまりにも古臭い考えでしょ。頭が固く既得権益で潤ってるお偉いさんは知らないけど、常識的なカトリック信徒のほとんどは、女性教皇の誕生に賛同しているよ。ましてプロテスタントだと女性がトップに立っている教会だってあるよ。カトリック教徒が教皇を尊敬しているのは男性だからじゃなくて、その行いが尊く、多くの人々にとって癒しになるからだよ。(ドイツ)



女性はローマ教皇になれない?

ローマ教皇になるためには、司祭になっていなければならない。司祭の中から次の教皇候補が選出されるからだ。だが、カトリック教会の規則に従えば、女性はその司祭にすらなれない。

266代もの教皇が選出されているが、そのなかに女性は一人としていない。855年から858年まで在位した女教皇ヨハンナ(Ioanna Papissa)が歴史から抹消されたという伝説があるが、歴史学的には否定荒されている。

一方、我が国の歴代天皇126代を遡ると、かつて八人十代の女性天皇が即位していた。にもかかわらず、明治になって制定された皇室典範では、例外的にも女性天皇は認められていない。いわば時代が逆行した形になっている。

また天皇は投票などによって選出されるものではなく、あらかじめ皇太子が継ぐことが内定している。もっとも近世以前は、誰が皇太子になるのかについて政治的争いが怒ったりもしていたが。



なぜ女性は司祭や教皇になれないのか?

さて、カトリックにおいて女性が司祭になれないのかと言えば、その根拠は聖書にあるようだ。イエスの使徒たちは男性だけであった。また女性蔑視の発言が聖書の中に現に存在する。たとえば、次のような一節だ。

婦人が教えたり、男の上に立ったりするのをわたしは許しません。むしろ静かにしているべきです。なぜならば、アダムが最初に造られたからです。しかも、アダムはだまされませんでしたが、女はだまされて罪を犯してしまいました。

一テモテ2:12 ~ 14

キリスト教において聖書は正しさを計る絶対的なものさしだ。このような聖書の記述を受けて女性司祭が禁じられてきたのだ。

一方、日本の天皇の場合、男性優位で会った事実は疑いようがないが、古典を読み直すと「女性天皇」の誕生を禁止するような記述は存在しない。男系男子にしか皇位継承権がなくなったのは近代になってからと言えるだろう。



聖書誕生から2000年近くたたった今でも女性司祭は禁止

確かに聖書は女性蔑視とも受け取れる記述が散見される。だが聖書がつくられたのは今から2000年近く前のことだ。科学技術もなく人権・平等意識も芽生えていなかったころの書物を持ち出して、現代社会を規定することはアナクロなのではないか? と思う人も多いかもしれない。

ヨハネ・パウロ2世は、1994年5月22日に書簡Ordinatio sacerdotalisを布告し、その中で女性の司祭叙階の禁止を明確に規定した。この書簡を要約すれば次の3点にまとめられる。

  1. 女性叙階の禁止は信仰上の教義として決定的に位置づけられる。
  2. この場合教皇の介入は教義の不謬の宣言ではないが、彼は自分の立場を彼が考える不謬の普遍的教導職、すなわち、国際的司教団の教説として据える。
  3. 教皇に賛同しない者は教会の完全な交わりの中にとどまれない 。

特に強力なのは項目❸であり、女性司祭を認めるものは、カトリック教会の交わりの中にとどまれないと述べ、破門になることを暗黙に述べている。この理解は2006年に教皇フランシスコによっても再確認された。よってカトリックでは、現代でも、信仰問題として司祭叙階の禁止が教義的に定められていると言える。

先ほどのも述べたが日本の場合は逆に、明治期の皇室典範になってはじめて女性天皇が禁止されたという経緯を持っている。天皇と教皇をめぐる女性の立ち位置は、似ている点と異なる点があって興味深い。



ただし反対派は多く、プロテスタントでは女性トップも多い

ただし先ほどのカトリック教会の見解は、教会の中でさえ必ずしも好意的には受け取られていないし、メディアの調査などによればカトリック信徒の大部分は「女性司祭・女性教皇の誕生」に友好的なようだ。また既にプロテスタントでは女性牧師も多く、トップに女性がついている教会もある。

もちろん聖書の言葉や伝統を重んじで、女性を司祭や牧師に就任させることに反対の声は、カトリックのみならずプロテスタントにおいても(少数派ではあるが)根強い。

このような構造は、国民の大部分が「女性・女系天皇の容認」を支持しているにもかかわらず、一部の保守派がそれに頑強に反対している構図とよく似ている。

出典:https://chattusa.com/、https://royalcentral.co.uk、https://www.newmyroyals.com/



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