秋篠宮殿下が「眞子さまを説得しない理由」は、身から出た錆か 紀子さまとの“馴れ初め”が再び




文/編集部

立皇嗣の礼、納采の儀の無期限延期

現在、コロナ禍により、多くの国民が著しく制約のある生活を送っている。それは皇族方とて例外ではなく、天皇ご一家や宮家の方々は、感染予防に十分配慮しながら外部との接触を最小限に抑え、静かにお住まいで過ごされているという。即位の礼の締めくくりとなるはずだった「立皇嗣の礼」も延期となり、皇族方が日常あたられている公務もいつ再開できるか、見通しは全く立っていない。

「特に、眞子さまの『納采の儀』と秋篠宮殿下の『立皇嗣の礼』という2つの儀式が、事実上の無期限延期に追い込まれてしまった秋篠宮家の状況は、多くの国民が懸念を抱くところです。

2月6日で、眞子さまの結婚延期が発表されてから2年が経過しました。秋篠宮さまと紀子さまは、これまで節目節目で眞子さまに関する質問に応えられてきましたが、いずれも小室さんへの懸念を払拭するような内容では無く、落胆した人も多いでしょう」(皇室記者)



眞子さまは結婚宣言書を準備されていた

しかし先ごろ、秋篠宮殿下が昨年11月の誕生日会見で言及された“何らかの発表”に向けて、水面下で新たな動きがあったことが明らかになった。

「週刊朝日の記事によれば、今年のはじめ頃、眞子さまが小室さんとの結婚に向けて、結婚宣言に近い文書をご準備された上で、宮内庁の重鎮らに個別に相談される機会を持たれたようです。相談の中では、“小室さんとの結婚をどう思うか”といった機微に触れる質問も眞子さまから飛び出したとか。秋篠宮ご夫妻からのアドバイスを受けてのものかは明らかではありませんが、眞子さまに皇族としての自覚を促す機会となれば、とご夫妻も期待を込められていたかもしれません。

この会合を経て当初、かなり熱量のこもった内容であった『結婚宣言書』も、出来得る限り穏当な内容に変更されたようです。結婚を焦るあまり、冷静さを欠いた文書を公開してしまえば、国民から反発を招く可能性もあります。国民から理解を得られるようにクールダウンしましょう、といったアドバイスもあったのではないでしょうか」

新型コロナウイルスのことがなければ、立皇嗣の礼が終わったタイミングでこの文書が公表されていた可能性が高い。それだけに、公表を延期せざるを得ない事態には眞子さまも肩を落とされているかもしれない。



秋篠宮殿下は眞子さまをずっと応援していた

さて、ここで一つ小さな疑問が生じる。なぜ秋篠宮ご夫妻を差し置いて、宮内庁幹部が眞子さまの説得にあたらねばならなかったのか、という点だ。秋篠宮ご夫妻による眞子さまの説得は、なぜできなかったのだろうか? その答えの一端となりえるエピソードが残っている。

「ご夫妻の成婚までを綴った『3LDKのプリンセス 紀子さま物語(ブレーン出版)』の中で、当時宮内庁の一部から結婚に反対された秋篠宮殿下が『結婚できないなら皇室を離れます。紀子を連れてイギリスで一緒に暮らす』と迫ったことが記されています。

皇籍離脱を賭けてまで紀子さまとの結婚を成就させた秋篠宮殿下にとって、眞子さまの小室さんへの情熱は痛いほど理解できるでしょう。紀子さまとの結婚を決意された時のご自身の心境に近いものがあり、深い共感を覚えられたのではないでしょうか。

国民が、宮内庁が反対するからと、眞子さまに“諦めなさい”と強く迫るなど、周囲の懸念を押し切り紀子さまとご成婚された秋篠宮殿下のご信条に全く馴染まないものです。これらのことから推察するに、殿下は徹頭徹尾、眞子さまに小室圭さんとの関係を改めるよう迫ったことなどなかったのでは? と思います。おそらく今回の宮内庁幹部との会合と言うのも、正式な発表を前にした観測気球のためのものかもしれません」(皇室ジャーナリスト)

この推測は当たらずとも遠からず、と言えるかもしれない。秋篠宮殿下はご自身の「全力で眞子を応援したい」というお心の内を隠して、国民からの批判の矢面に立つ、苦悩の2年間を耐え忍んできたようにも思われる。

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