世界が絶賛「雅子さまと天皇陛下は、至高のパートナーだ!」 プロポーズの言葉に“涙”



文/二コラ・ライト

王室と結婚


世界中がコロナウイルス禍で揺れている昨今ですが、少し以前に話題になったニュースがあります。

それは、イギリス王室のヘンリー王子とメーガン妃の”王室離脱”騒動

もう3か月くらい前になりますが、アメリカの友人とヘンリー王子・メーガン妃の話をしている時に、「そう言えば日本の王室も結婚問題で揺れているみたいだね」と話題が出ました。

私は、「ああ、眞子さまと小室さんの問題だな…」と思い、「ああ、そうだよ。なかなかセレブになると結婚相手が変な相手だと困るっていうのはどの国でも同じなんだよね」と返事を返しました。

友人は「どこも王室っていうのはそんなもんだよな…」と王侯貴族のいない民主主義の国アメリカの人間らしい反応でしたので、日本に来て、日本の皇室が大好きになった私としてはなんだか少し不本意な気持ちになり、こう言うことにしました。

「でもね、今の天皇陛下のプロポーズの言葉が最高なんだ。君、知ってるかい?」

カタカナの「ツ」のような顔をして肩をすくめる友人に、私は今上陛下が雅子さまにプロポーズをした時の話を語って聞かせました。

天皇陛下のプロポーズ

一般に、雅子さまに結婚を決意させた「プロポーズの言葉」は1992年11月後半に伝えたとされるこの言葉が有名だと思います。

“皇室に入るにはいろいろ不安がおありでしょうが、雅子さんのことは僕が一生、全力でお守りしますから”

私はこの言葉がとても好きです。皇太子と外交官の関係ですから、頻繁に会える関係でもなく、おそらく手も握ったこともない、そんな関係だったでしょう。1992年に再会したときは、なんと5年ぶりの再会でした。

そんな相手に「一生守る」と約束ができる、そしてそれを実行する。

「これからの日本にはこの方(雅子さま)が必要なんだ」

と、そういう覚悟と確信がなければ、「一生、全力でお守りします」だなんてとても言うことはできないと思います。

「僕に雅子さんを幸せにできるのか、悩みました」


この「一生、全力でお守りします」があまりにも有名なので、あまり目ちませんが、実はそれ以上に感動する言葉があることを皆さんは知っているでしょうか?

むしろこの言葉こそが雅子さまに結婚を決意させた言葉なのではないか、と私は思っています。

それは、1992年の12月初め、天皇陛下と雅子さまが電話で話し込んだ時のこと。「僕自身も大変悩んだ時期があった」という陛下に雅子さまが「何をお悩みになられたのですか」と尋ねた後、陛下が雅子さまに仰ったこの言葉です。

“僕としては、雅子さんに皇室に来てもらいたいとずっと思っているけれど、本当に僕が雅子さんを幸せにして差し上げられるのかどうか、悩みました…”

一読すると、弱気なセリフに聞こえるかもしれません。

アメリカ人の友人も「それがどうした?」という顔をして聞き返しました。

友人に私は、「ゆっくりと、噛みしめながら、2度、聞いてほしい」と言いました。

“僕としては、雅子さんに皇室に来てもらいたいとずっと思っているけれど、本当に僕が雅子さんを幸せにして差し上げられるのかどうか、悩みました…”

いかがでしょうか?

友人は少し無言になり、こう感想を漏らしました。

「一見すると、プロポーズの言葉に聞こえないけど、よく聞いてみると、

皇太子といっても人間だから不安もある、もしかしたら僕の決断が、あなたを傷つける結果となってしまうかもしれない… ならばいっそ、結婚はしない方が、あなたにとって良いことなのかもしれない…

こんな真心の声が聞こえてくるよ…」

アメリカ人の友人はさらに、

「陛下の言葉に、誠実さと真摯さ、暖かい優しさ、そしてなにより、人間的な”ぬくもり”を感じるよ。雅子さまと陛下は至高のパートナーなんだね」

と言いました。私は、

「そうそう、一言で言えば、『心から信愛できる人』、そんな人柄の人からしか出てこない言葉だよね?」

と相槌をうちました。

普通の女性だったら、もしかしたら愛想をつかしてしまうかもしれませんが、雅子さまは誠実で暖かい言葉がプロポーズを受けた決め手だったと婚約の記者会見で語っています。

“殿下の真蟄な、大変誠実なお言葉をいただき、幸せに思うことができましので、『私でできることでしたら、殿下のことを幸せにして差し上げたい』とお受けした次第です”(雅子さま婚約記者会見でのご発言)

真摯で誠実な言葉を聞いて「幸せ」を感じられるのが雅子さまの人柄で、自分の弱い部分も含めて他人の思いに「共感」できるのが天皇陛下の人柄のように思えます。

話が終わると、アメリカ人の友人は「日本の国家元首は夫婦そろって人格者なんだなあ」と感心げに言いました。

確かに彼の言う通りです。アメリカでは民主主義で国家元首を選びますが、その人の人格までを含めて選んだりしないわけですから。

平成の日本人は働き過ぎた

平成の時代はバブル経済から始まり、企業戦士という言葉も生まれ、貿易摩擦も頻出する、「24時間働けますか!?」という言葉も流行った、そんな時代が長くありました。

良くも悪くも平成の日本人は働き過ぎだったたと思います。

これから令和の御代は、無理に完ぺきさを求めるのではなく、より暖かい優しさ人間的な”ぬくもり”に溢れる国になっていくのではないか、そんな期待をしています。



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