圧巻の国際親善、瑤子さまミャンマーご訪問の真相 日本と世界を結ぶ皇族方




文/宮本タケロウ

三笠宮家のご活躍

先日掲載した三笠宮家の彬子女王殿下のトルコご訪問紹介記事になかなかの反響があった。

内廷以外の宮家に関しては、おもに筆頭宮家である秋篠宮家の活動の様子しか報道されることが少ないため、記事がとても新鮮だったからだろう。

今回は好評だった前回に引き続き、三笠宮家の海外ご訪問を紹介したい。

紹介するのは先回紹介した彬子女王の妹君、瑤子女王殿下のミャンマーご訪問である。



瑤子さまのミャンマーご訪問

昨年12月11日から17日まで7日間、三笠宮家の瑤子殿下がミャンマーを訪問された。

訪問では日本人墓地・戦没者の追悼やビルマ平和記念碑への拝礼、仏教寺院参拝、同国の聖地パガンの仏教史跡の訪問などが行われた。日本の皇族がミャンマーを訪問し戦没者の慰霊を行うのは史上初めてであり、他にも日本人学校関係者との面会など、公的行事が目白押しだった。

11日に到着された瑤子さまはヤンゴンの中心部にある寺院「シュエダゴン・パゴダ(Shwedagon Pagoda)」を参拝。

(瑤子殿下のシュエダゴン・パゴダ訪問)
(同)

この時の様子はミャンマーのテレビで放映され、蝋燭に火をともし、丁寧にお辞儀する姿は親日国ミャンマー国民の心を打ったという。

ちなみにシュエダゴン・パゴダは釈迦および釈迦以前にこの世に現れた3人の菩薩の遺体の一部が納められていると信じられている屈指の重要な聖地である。日本で言うならば”東大寺”といったところだろうか。

翌、12日は同国最大の都市ヤンゴンにある日本人墓地を訪問された。



瑤子さま、真心の戦没者慰霊

第二次世界大戦中、日本軍はビルマ(現ミャンマー)まで進攻し、当時、英国の植民地であったビルマの地で英国・米国・連合国と戦い、多くの日本人兵士が戦没している。

日本人墓地には日本政府がたてた「ビルマ平和記念碑」や「大東亜戦争戦没者英霊の碑」などの石碑がいくつかあり、瑶子さまは駐ミャンマー日本大使らとともに訪れ、献花された。

ミャンマーは先の大戦で、「ジャワの極楽、ビルマの地獄」と言われ、特にインパール作戦では多くの日本軍の将兵が亡くなっている。瑤子さまの祈りは国を問わず、亡くなった兵士たちや一般市民の死者の霊を慰めたことだろう。

戦没者慰霊碑への拝礼では、父親の寛仁親王と共に拝礼するという気持ちを示すため、寛仁親王の帽子と羽飾りを身につけ、慰霊碑に花輪をたむけ、拝礼されたという。

瑤子殿下の父上の寛仁親王は、歯に衣着せぬ物言いとその率直なキャラクターで昭和、平成初期の皇室のスポークスマンとしてご活躍された皇族である。

(父・寛仁親王の帽子をかぶり墓所を参拝される瑤子女王)
(同)

14日には、日本遺族会の「戦没者遺児による慰霊友好親善事業」にて、慰霊追悼や小学校等に学用品等の寄贈のためミャンマーを訪れていた日本遺族会の訪問団にヤンゴン市内のホテルでご接見された。

ご接見の場での日本遺族会の会長のスピーチは以下のようなものだった。

「この度のミャンマーご訪問に際し、ビルマ平和記念碑へのご参拝にいただきましたことにお礼を申しあげます。これまでの遺族や遺族会の活動に宮家がお心を寄せていただいていることに感謝申しあげ、恒久平和を希求する活動を続けることをお誓い申しあげます」(水落会長)

皇室による戦没者の慰霊は昭和の時代から途切れなくずっと行われてきた。靖国神社に天皇が参拝されなくなった後も、靖国神社に限らない皇室の戦没者慰霊に遺族会が非常な感謝を抱いていることがこのスピーチから読み取れる。



アウンサンスーチー氏との懇談

16日には、首都のネピドーにてアウンサンスーチー国家顧問兼外相との懇談が行われた。

瑤子さまとアウンサンスーチー国家顧問兼外相

ミャンマー外務省のアウン・コー総局長によると、「懇談では瑶子さまがバガンやヤンゴンの史跡を視察されたことの感想をアウンサンスーチー外相にお話になっていた。他にもミャンマーと日本の文化や習慣が非常に似ていることなどが話題に上り、とても和やかな懇談だった」という。

「和やかな懇談」…それもそのはずである。実はこのミャンマーご訪問のきっかけは、昨年10月の天皇陛下の「即位礼正殿の儀」の折、外国賓客を招いて開かれた「饗宴の儀」の後席で、瑶子さまがスーチー氏と会話する機会があり、スーチー氏から「ぜひともお訪ねいただけないか」との申し出があったことが今回のミャンマーご訪問のきっかけだったからだ。

ビルマ史に詳しい専門家はこう話す。

「アウンサンスーチー氏の父上は『ビルマ建国の父』として知られる独立運動家アウンサンです。第二次大戦で、最終的に反目したものの、戦争初期はアウンサンは日本本軍とビルマ解放を共闘した経験を持っていまして、32歳の若さでなくなった、日本で言うと坂本龍馬のような英雄です。

幸か不幸か、ミャンマー国民は、日本の戦争が自国の独立と建国の引き金となったという歴史を抱いていて、アウンサンスーチー氏をはじめ、総じて親日的です。

今回は史上初めて皇族がミャンマーを訪問された画期的なイベントでした。『礼節で、優しくて、聡明そうな方ですね』と、アウンサンスーチー氏との懇談に臨まれた瑤子さまをミャンマー人の知人はそう評していました。大成功です! ミャンマーの方々の親日意識がますます向上したことは間違いありません」(ビルマ史の専門家)

(12月16日、にこやかにミャンマーを発つ瑤子さま)


外務大臣も真っ青の圧巻の私費旅行…

以上、昨年12月に行われた瑤子女王のミャンマーご訪問をレビューしたが、最後に驚くべき事実を紹介したい。

なんと、これほどまでに充実したご訪問あるにもかかわらず、渡航の費用は瑤子女王の私費で賄われる「私的旅行」(!)という形になっていたのである。

「”公的訪問”にすると調整に時間がかかるし、また、ロヒンギャ問題への誤ったメッセージになる… かといって東南アジア有数の親日国のしかもアウンサンスーチー氏という”国際的VIP”のご招待を断るわけにもいかない… 

この解きほぐしがたいジレンマを瑤子さまは『では、自腹で行きますので』の一言で解決したのです…! もう、ぐうの音も出ません… 外務大臣も脱帽の圧巻の国際親善です…」(ビルマ史の専門家)

皇室には知られざるところで活躍されるプリンセスが数多くいらっしゃる…

宮家皇族は内廷と違い、宮内庁から独立でそれぞれの公務に勤しむということとなっている。この制度自体はしかたないのかもしれないが、国民がもう少し様々な皇族方のご活躍を知られるように、宮内庁にはぜひぜひもっと工夫をしてもらいたいものだ。



5 件のコメント

  • 三笠宮家の彬子女王殿下、瑤子女王殿下のような国民の知らないところでご立派にご活躍されるお姿には頭が下がります。
    このような振舞い、徳をお持ちである方こそ、皇族としてあるべき形だと思います。
    天皇家をはじめ、国民に敬われる皇族方ばかりだといいですね。


  • ものすごくかっこいい。
    もっと知りたいし、動画で見たい。
    どうしてこのような報道がなされないのか?
    とても不思議。
    a家は無駄な報道ばかりなのにね。

  • 天皇陛下がご希望されているという直接皇室から国民へ向けて
    SNSなどの発信が実現すればいいですね。

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