海外「ニッポンの病院は五つ星ホテルだ!」 病院で暮らしたい外人が続出!



新型コロナウィルスの感染拡大に伴い、今、日本の病院が最奥すぎると海外で話題になっている。

海外の反応

海外の声:日本の病院は快適すぎる。五つ星ホテルのように患者を神様のごとく大切にしてくれる。

海外の声:私も日本の病院に行ったよ。手術ではないけど足が2倍に腫れ上がったから。スタッフや医師はすごくフレンドリーで親身になってくれた。いい意味ですごく驚かされたよ

海外の声:7年前に骨折した肘を繋げる手術を茨城県でやった。日本語が話せないのに医師もスタッフも本当に優しくしてくれた。

海外の声:息子が日本の病院で診てもらったことがあるの。医師たちは息子の様子を本当に気にかけてくれてた…!

海外の声:お金を払えるのかどうかなんて心配してなかったし、全快するまで一家全員病院に滞在させてくれたの!もーこのまま病院に一家で済もうかと思った(笑)

出典:https://chattusa.com

日本発の医療施設は聖徳太子が建てた?

日本の医療技術、医師の‘‘ウデ”がいいということをわかっていただいた上で、ここからは日本で医療が発達した理由、医師の技術が高水準にある理由を考えてみたいと思う。日本の現代医学、いわゆる“西洋医学”の歴史は、1500年代の鉄砲伝来、宣教師の来訪とともに始まったとされている。それまでは中国大陸から伝わった漢方薬などを使う東洋医学が主流だった。

医道は、こうした背景下で誕生し、現在も志や心構え、医師の持つべき矛今持として今に伝えられている。では、医道とはどんなものだろう? 多くの”道”がそうであるように医道もまた、『老子』が示した”道”の概念を踏雲し、物事の本質に迫る過程を指す。日本の医学史を紐解くと古墳時代に大陸から医書が伝わり、灸による治療が始められたのが端緒とされる。



593年には、聖徳太子が四天王寺に敬田院、施薬院、療病院、悲田院からなる四箇院を設置したとされている。聖徳太子自体が謎のベールに包まれた人物な上に、この功績については後年の資料に記されているだけなので、正確な事実関係はわからないが、四箇院それぞれの名前を見るとピンと来るものがあるはずだ。

施薬院では、薬草を育ててそれを病気の人に与え、療病院では病気の人を療養させる。悲田院は身寄りのない人や困窮者を救う施設だったと伝えられている。つまり、施薬院は現代でいうところの薬局、療病院は文字通り病院の役割を果たし、悲田院は社会福祉施設、介護施設などと置き換えられる。これらの施設は文献から鎌倉時代にはそれぞれの役割を担いつつ実在していたことがわかっているため、日本の医学の歴史を振り返る際には聖徳太子の功績として度々登場することになる。



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